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神戸地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決

原告

八木保一

奥松和英

右原告ら訴訟代理人弁護士

水田博敏

右訴訟復代理人弁護士

岩崎豊慶

右原告ら訴訟代理人弁護士

赤松範夫

沼田悦治

被告

大村一郎

右訴訟代理人弁護士

小西隆

主文

一  被告は、兵庫県揖保郡太子町に対し、金一一七九万二〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

事実

第一  請求

被告は、兵庫県揖保郡太子町に対し、金一六九三万九〇〇〇円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、兵庫県揖保郡太子町(以下「町」という。)が別紙物件目録一及び二記載の各土地(以下、右両土地を併せて「本件土地」という。)を取得したことに関して、太子町長である被告が裁量権を濫用若しくは逸脱して取得の必要性が認められない本件土地を不当に高額で買い受けたとして、町の住民である原告らが、町に代位して、被告に対して右買受代金と右買受当時の適正価格との差額相当額の損害賠償の支払いを求めた住民訴訟である。

二  争いのない事実

1  町は、平成二年六月二二日、訴外松本春雄(以下「訴外松本」という。)との間で、本件土地を代金四七一〇万九〇〇〇円(3.3平方メートル当たり約二六万円)で買い受ける旨の売買仮契約を締結し、同年一〇月一七日、同人との間で右売買本契約(以下「本件売買」という。)を締結し、同日、同人に対して、右売買代金四七一〇万九〇〇〇円を支払った。

2  本件売買の価格を決めるに先立って、町は、本件土地の適正価格の鑑定手続を採らなかった。

3  本件土地は、本件売買当時、都市計画街路斑鳩寺線、すなわち同土地の北沿いに隣接する一般県道上太田・鵤線(以下「県道」という。)の南方向への県道拡幅計画部分に指定されていた。

4  町は、本件売買当時以前から本件土地の南方向に総合公園を整備する計画を推進していたが、右当時、右公園計画区域の最終的線引きは行われていなかった。

5  町の住民である原告らは、平成三年一〇月一五日、町が本来必要としない本件土地を不当に高額で買い受けたとして、町監査委員に対して監査請求を行ったが、同年一二月一〇日、同監査委員は、請求人の主張は認められないと認定し、その旨を原告らに通知した。

三  争点

本件売買につき町長である被告に裁量権の逸脱若しくは濫用があったか。

第三  争点に対する判断

一  原告らは、将来整備される本件公園の出入口は本件土地の隣地からでも十分確保でき、また、本件土地は将来県道用地として買収されることが確定している土地であることからしても、町が本件土地を取得すべき必要性を見出せないのみならず、本件売買代金は不当に高額であり、本件土地売買について町長である被告に裁量権の逸脱ないし濫用があったと主張している。

これに対して、被告は、本件土地は、将来、町が、右土地付近に整備しようとしている総合公園(以下「総合公園」という。)の出入口を確保し、右公園整備事業に支障をきたさないようにするために是非とも必要な土地であることから、訴外松本から買い受けたものであり、また、右土地の売買価格を決めるに当たって鑑定は経ていないが、土地公示価格、売買実例及びその他の情報により適正に価格を評価したものであって、町長である被告に裁量権の逸脱ないし濫用はなかった、と主張している。

二 地方公共団体がどのような財産を購入すべきか、また、その財産を購入する際の対価がどうあるべきかについては、地方自治法九六条一項八号が財産の取得について一定の場合に議会の議決を要する旨定めているほかは、これを規制する法令は存在しない。地方自治法二条一三項が「地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、……最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と規定し、地方財政法四条一項が「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」と規定しているが、これらのことは、執行機関に課された当然の義務を示したものであって、いずれの規定も、地方公共団体の購入する財産について具体的規制をするものではない。

そうすると、地方公共団体の長の財産購入契約の締結は、対価を含めて、その裁量に委ねられた行為であると解される。

ところで、土地の取引価格は、社会的、経済的な要因に由来する複雑多岐な要素に基づき、かつ、当該取引の当事者の個別的、主観的な事情によって決定されるものであって、大きく変動する性質のものでもあることに鑑みると、土地を取得すべきかどうか、とりわけその対価がどうあるべきかについては、地方公共団体の長に広範な裁量権があるものと解される。

しかし、このように地方公共団体の長に広範な裁量権が認められるとしても、必要性の少ない財産を適正価格よりも著しく高額な対価で取得した場合は、合理的な理由がない限り、右裁量権の逸脱若しくは濫用に当たると解するのが相当である。

そこで、右判断基準に従い、本件売買について被告に裁量権の逸脱ないし濫用が認められるか否かを判断する。

三  本件土地取得の必要性について

1  証拠(乙六、証人山本梅二、被告本人)によれば、被告は、平成二年二月一三日、本件土地を公共用地として町が買収するよう町内の竜田地区の総代会(以下「総代会」という。)から書面で陳情を受けたこと、被告は、右書面による陳情を受ける以前の平成元年一二月及び同二年一月に、二度にわたって総代会から口頭で同じ趣旨の陳情を受けていたこと、右書面による陳情当時、本件土地の北側に沿っている県道から約五〇メートル南側を総合公園の北端とする立地計画が立てられていたこと、が認められる。

2  被告は、その本人尋問において、右書面による陳情を受けてから現地視察をし、また、町役場内で検討した結果、本件土地は総合公園の入口用地として不可欠の土地であり、本件土地を町が取得しなければ右土地が民間不動産業者の手に渡り、右土地に建物が建築されるなどして将来設置される総合公園の入口が塞がれる可能性があり、町の推進する総合公園整備事業に支障を生ずることは必至であるから、今のうちに町が右土地を買収すべきであると判断して、平成二年五月ころに本件土地を買収しようとの意思決定をした、と供述している。

ところが、前記のとおり、本件土地は本件売買当時既に県道の拡幅部分に含まれていたこと、右書面による陳情当時に県道から約五〇メートル南側を総合公園の北端とする右公園の立地計画が立てられていたのであり、これらの事実に弁論の全趣旨を総合すると、本件売買当時、右公園の入口用地は本件土地のみでは不十分であるのみならず、少なくとも、町は右公園の入口用地として右公園予定地に近い右土地の南側隣接地を本件土地よりも確保すべき必要性があったものであり、また、右公園の入口は本件土地の東側隣接地であっても何ら差し支えなかったものと認めるのが相当である。

そうすると、本件土地を買収しなければ総合公園の入口がなくなるとの被告の主張・供述するような事情は認められず、本件土地が総合公園の入口用地として不可欠の土地と認めることはできない。

3  この他、本件全証拠によっても、本件売買当時、本件土地を町が取得しなければならない特段の必要性を認めることはできない。

四  本件売買価格について

1  被告は、本件土地の売買価格(以下「本件売買価格」という。)を決めるに当たって確かに鑑定を経なかったが、訴外松本が他に転売を予定していた価格を基礎にしつつ、本件土地が竜田地区の中心部にあって県道に接面した土地であること、本件売買当時はいわゆるバブルの時代で地価がなお上昇傾向にあったこと及び竜田地区の今後の開発見込みを総合的に勘案して、本件売買価格を決めており、右価格は十分に妥当性のある価格である、と主張している。

2  証拠(甲二、証人玉田数馬、同山本武志、同山本梅二、被告本人)によれば、訴外玉田数馬が平成元年一二月一日に本件土地を訴外松本に二七一七万円(3.3平方メートル当たり約一五万円)で売却したこと、町側は、訴外松本の本件土地の転売予定価格を契約書等の書面で確認したり、転売予定の相手方に問い合わせたりすることなく、漫然と総代会会長の訴外山本梅二が訴外松本から口頭で聞いた価格を又聞きすることによって認識したにすぎないこと、町側が本件売買に先立って本件土地の過去の取引経過や取引金額あるいは本件土地近隣地の兵庫県による買収価格を調査しなかったことの各事実が認められる。

3  他方、鑑定人阿部重孝の鑑定の結果によると、平成二年一〇月一七日当時の本件土地の適正な時価(以下「本件適正時価」という。)は、三五三一万七〇〇〇円であったことが認められる。

被告は、右鑑定の結果が妥当性を欠くと主張するけれども、本件全証拠によっても、右鑑定が不合理、不相当であることは認められないから、右鑑定の結果を相当と認めるべきである。

4  そうすると、本件売買価格と本件適正時価の差額は一一七九万二〇〇〇円となり、右は本件売買価格の約四分の一を超えるものであり、また、町側が本件売買価格を定めるに先立って本件土地の正常価格の鑑定を依頼しなかったのみならず、本件土地の過去の取引金額等や本件土地近隣地の兵庫県による買収価格を調査しなかったこと、町側が認識した訴外松本の本件土地の転売予定価格の正確性に疑問が存在することに右三で認定したとおりの本件土地を取得すべき特段の必要性が認められない事実をも併せ考えると、本件売買価格は一般の取引通念に照らして著しく高額であって適正を欠くものと認めるのが相当である。

五 以上のことからすると、本件において、町は必要性の乏しい財産を適正価格よりも高額な対価で取得しており、本件全証拠によっても本件土地取得につき合理的な理由が認められないから、本件土地売買については少なくともその契約を締結した町長である被告に裁量権の濫用があったものと認めるのが相当である。

六  ところで、被告は、本件土地の東側隣接地が平成四年六月五日に兵庫県土地開発公社によって3.3平方メートル当たり二八万円で道路改良事業用地として買収されており、本件土地も右東側隣接地と同様に同公社に買収される予定であり、また、本件土地付近の地価がバブル崩壊後も年に三ないし四パーセント程度上昇しているとして、結局、町は、本件土地の取得代金として支出した額を超える価値を有する財産を現に取得しているので、町に損害は生じていない、と主張している。

しかし、現在まで本件土地は右公社によって買収されておらず、「右東側隣接地の買収が行われてから現在まで二年以上経過したが、その間、一般的に地価が沈静化していること、仮に本件土地付近の地価が年に三ないし四パーセント程度上昇しているとしても、本件適正時価を基準に考えると右程度の地価の上昇があっても本件売買価格には及ばないことを併せ考えると、右公社が本件土地の売買価格以上の金額で本件土地を買収すると合理的に予測することはできず、町が本件土地の取得代金として支出した額を超える価値を有する財産を現に取得していると認めるのは相当でないと考えられる。

したがって、被告の右主張は採用することができない。

なお、本件売買により町が被った損害額は、本件売買価格と本件適正時価の差額である一一七九万二〇〇〇円と解するのが相当である。

第四  結論

以上のとおりであって、町長である被告は、裁量権を濫用して、本件適正時価を一一七九万二〇〇〇円超える高額の本件売買価格で本件売買契約を締結し、右売買代金を支出して町に右差額相当額の損害を被らせたものであるから、町に対し、右損害賠償一一七九万二〇〇〇円及びこれに対する右支出の日である平成二年一〇月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。

よって、原告らの本訴請求は、右に判示した限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九二条本文、九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官渡邉安一 裁判官溝口稚佳子)

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